ゼロヒャク思考で急いで結論を出そうとしている時に、それは白黒ハッキリさせる問題でしょうか?

ゼロヒャク思考で急いで結論を出そうとしている時に、それは白黒ハッキリさせる問題でしょうか?

1にしようか?2にしようか?選択肢に迷う事は

誰でもあると思います。

そんな時に急いで白黒ハッキリさせなくても

自分の納得出来る第三の可能性、第四の可能性

いくつもの選択肢があるのではないでしょうか?

という事についてお話をさせていただきたいと思います。

 

 

今回は真愛(まな)アート傾聴ルームに

いらっしゃるご相談で、私が最近気になる事

限られた選択肢の中で焦って答えを探さなくては

いけないと思われていらっしゃるご相談が

多いような気がするからです。

 

どうしても期限があるお話は、

シンプルなので

人に話を聴いてもらう必要が

最初からない場合が多いと

思います。

 

複雑で自分では糸が絡まって

ほどけないような

そんなお悩みをお持ちの時は、

ゼロヒャク思考で、

焦って結論を出そうと

してしまうと

自分としては、

不本意な選択を

しかねないと私は

思います。

 

 

どうしたらよいかわからない

そんな時

1でもない2でもない、

白黒ハッキリさせることではない

グレーにしておいて

本当に納得のいった時に

決めれば好い

そんな道が

実はある事を見逃しては

いないでしょうか?

決断に迷う時は、それだけ重要な事ですよね。

例えば、お子様の不登校

ご夫婦の離婚問題

重い病気の治療方針

など、、、。

 

ケースバイケースで

介護で直ぐに人手が必要な時や

三食まともに食べられない子供には

大急ぎで助けが必要だと思います。

病期の治療方針ものんびり構えていられないとは

思いますが、

代替治療か標準治療か

焦ると本意ではない方向に

向かうこともありえます。

 

 

直ぐに簡単にゼロヒャク思考で

決めてしまうと

本来の

自分の真っ直ぐな想いを

歪めて

無理をしてしまう

そんな隠れた本心を

見つけられなくなって

しまうと

決断した後も悶々としてしまい

とてもご自身も周囲もお辛いと

私は思います。

 

迷っている事は、自分の中の迷いなのか?

それとも

親や兄弟が自分に何かを言ってきているから

そうしなくてはならないような

プレッシャーを感じているのか?

自分は、決めている方向があるのだけれども

学校の先生に言われている

選択肢が

別の選択肢なのか?

ママ友の眼が怖いから皆と同じ行動をしないとならないと思っているのか?

会社の中での出世競争に

勝たなくてはいけないと

思っているのか?

 

 

冷静になって考えてみれば

急いで白黒ハッキリさせる

必要はなかった

結論をださなくてはいけない事

では、なかった

右へ倣えはする必要はなかった

かもしれないと言う事はないで

しょうか?

日本という国は学校教育でも、一つの正しい答えが決まっているような教育をしてきたので、皆が選ぶ方に流れ易い面も一部あると思います。

生真面目に優等生でゼロヒャク思考の方が

一見世渡り上手かもしれませんが、

柔軟な遊び心をなくしてしまうと

いつか心や身体が悲鳴をあげてしまうのでは

ないでしょうか?

 

 

自分が最も納得のゆく

選択をする

何が納得ゆくかわからない時

は、無理をしない

たっぷりと眠り

美味しいものを食べて

おひさまの光の下で

くつろぐ

ゆとりを持つ

 

 

そんな風にゆっくりと

自分自身を

いたわってあげる時間が

何よりも必要なのでは

ないでしょうか?

ゆったりと

ニコニコしているうちに…

いつしか苦しみや悲しみが

愛に戻り

問題が問題でなくなる

事もあります。

私は靈氣を学ぶ機会を授かり、奇跡のコースに導かれ、ゼロヒャク思考があった時の自分が

如何に視野を広げて

俯瞰して見る眼がなかったか、

この世界の愛と光に

気がつけていなかったか

と思うのです。

それでは、今日はこれから

奇跡のコースの

ヒーリングなので、ここまでに致しますね。学生時代の朝の神聖な礼拝の時間が再びよみがえります。

感謝、恩寵を賜ります。