今年も今日が最後、大晦日です。
挫折した私が今年後半にした、
たった一つの事
それは、自分の本音に聴いてみる
ということです。
自分が人間として、どうありたいか?
自分がどんな人格でありたいのか?
自分は、何を幸せとしているのか?
自分は、何を喜びとしているのか?
そしたら、私の今の生活が、自分の最優先したい本当の喜びや心からの幸せと、かけ離れていてしまっていた事に気がついたのです。
あんなに頑張って来たのに
あんなにチャレンジして来たのに
ズレてしまったのは、何だろう
心臓の奥に剣を刺したような苦しみの日々を味わいました。
そして、ようやくわかったことは、
私が、自分の本音を置き去りにしてきた事です。
私は、ある事情をこの13年間
かかえておりました。
家族が大切だったので、家族のためなら何でも頑張れる、どんなことでもする、この13年間、そんな気持ちで沢山の事に挑戦して来ました。
しかし、その前にどんな事でもと言う選択した行動の中身は、自分がしたい事なのか?どうかを、自分の心に聴くことを置き去りにしてしまったのです。
自分の本音に気がつけなくなり、感情に蓋をして、苦手な事、したことのないことにも次々と挑戦していた私は、「私はこんなに頑張っている。こんなに無理をしてでも、家族に幸せになってほしい」そんな風に自分を、そして、家族も知らず知らずのうちに追い詰めてしまっていたのです。
子供の頃から、ボゥっーとして無意識と潜在意識の間を昼間も彷徨っていたような不器用な私、あんまりにも出来る事が少ないので、自分の本音にだけは正直で、嫌な事は嫌で、と言うよりも適応出来ずに、嫌な事はせずに、出来ずに、生きてきた私。
そんな風にぼんやりとしながらも、和気あいあいとゆったりと生きていた私が、いつのまにか
頑張るモードで生きなくてはと、自分で自分を縛っていたのです。
そして、
自分の本音に気がつけなくなった私は
家族の本音にも鈍感になっていたのです。
「私はこんなに頑張っているのに、どうしてわかってもらえないんだろう。私は、家族が、思いもしないような苦しみをかかえて家族のために努力しているのに」という、
「のに」
が、私の心に生まれて来たのです。
自分の取っていた行動、言葉を思い返し、相手を傷つけていた事を知り
その至らなさに、今度は後悔と自分責めが始まりました。
その自分責をやめさせるのにも、苦労しました。寝ても起きても自分を責め苛んで眠れない日々が続いて体調までも崩れます。
「なんとかしなくては。これは、プロに頼まなくては、このままでは、生きていられなくなる」
でも、相手はもっと悲しく苦しく辛い気持ちを
かかえて孤独に寂しかったのだと思うと
償いのしようがなく愕然としてしまいました。

そんな思いで必死に、
心の癖を治す
コーチングとレイキセラピーを受けたのです。
私はそのセッションをしてくださった先生のお陰様で、ようやく自分責をやめる事が出来、方向の違う事をしてしまっていた自分を、静かに見つめる事ができるようになったのです。
目標に向かってコツコツと努力出来る自分がいたけれども、その自分を、信頼してくれて支えてくれていた沢山の人がいたからこそ、こんなにのんびり屋の私でもなんとか生きて来られたことも身にしみました。
自分の意に沿わないことを選んでしまって
結果を出せなかった事で、失敗した人の気持ちも、寂しさも
惨めな想いも、わかるようになりました。
自分の本音が、わからなくなってしまった私は、ある意味子供の頃の無口な不器用な私とは違って、人間関係では、ノリのいい私でした。そして気の弱い私は、相手の事を思うと断れない、ノーが言えない私でした。
私は一人で過ごす時間を増やし、
どうしたいのか?
どうありたいのか?を、
じっと内観する時間を作り始めました。
大切な決めごとは、直ぐに返事をしなくてもいいから、納得のゆくように、無理をしないように自分をかえてゆきました。
ここで大切な事は、自分の本音を自分の心に聴くという事は、自分の感情を相手に、そのままぶつけるという事とは違います。
これは、偉そうに言える事ではなく
カミングアウトすれば、
実は、少しだけ変に器用になっていた私は、自分が納得ゆかずにとった行動の責任を取れずに、
さらに、自分の想いを整理出来ずに、
相手に伝える伝え方さえも混乱してしまい相手に良かれと思って言った言葉、取った行動で逆に、最愛の家族を
傷つけてしまっていたのです。
ドン引きされそうな黒歴史を、カミングアウトするのは、私の失敗が、私のように誰にも相談出来ない事情をかかえて袋小路にいらっしゃるお方に、お役に立つ事が出来るならばと思ったからです。
自分の本音を心に聴くとは、自分の感情、例えば、悔しい、悲しい、残念、苦しい、感動、嬉しい、ワクワクする、寂しい、ホットする、嫉妬する、憎い、惨め、辛い、孤独、何処にゆきたいか、何を食べたいか、何を着たいか、誰と一番一緒にいたいのか、そんな自分の心と身体に湧いてくる感情を否定することなく、そのまま認める事なのです。
相手にどんな伝え方をするかは、全く別の話になりますので、何でも自分の本音に正直になる、イコール、思った事をそのまま口に出す、のではないと言う事を、ここで伝えておきますね。
心理学的な見方からも、自分の無意識と相手の無意識は、つながっています。
ですので、
自分の本音を聴いてゆくという事は、大切な相手の本音を、理解出来る事に繋がります。
本当は、自分はどうありたいのか?そこに正直である事が、家族や恋人の幸せにも繋がる、
それを、今日はお伝えさせていただきたいと思います。
それでは、自分の本音と相手の本音がぶつかりあった時にはどうしたら良いのだろう?
そんな疑問をお持ちの方はいらっしゃるでしょうか?
それについては、また別の機会にゆっくりお話をさせていただきますね。












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