シンクロニシティ

シンクロニシティとは、皆様もご存知の偶然の一致です。

友達に電話をしようと思い出したら、その友達から電話が来たり、街を歩いていたら偶然昔の知り合いにあったり、まるで準備されていたかのようにスイスイと流れが良く物事が進むことなどですね。

自分の本当の気持ちに正直に生きるとシンクロニシティが、次々と起こると言われてます。

逆にシンクロニシティが起こらない時は、自分の本音を聴き逃してはいないか?ふりかえるチャンスとも言えるのだそうですよ。

最近の私は、シンクロニシティが起こらないなぁ〜、なんて思っていたのですが、実は、大きなシンクロニシティが、あった事に気がついていなかったのです。

今の住まいに2年位前に引っ越して来たのですが、自然が豊かな前の住まいの近くに戻りたいと思って、数ヶ月前から毎日不動産屋さんの情報を探していたのです。

以前の住まいにいた時には、どれだけ静かで自然があふれる恵まれた環境だったのか、全く気がついていなかったんだなあ、といつの間にか与えられた恵みやチャンスを当たり前だと思っていた自分に気がつきました。

 

今の住まいもとても便利でスーパーも雨に濡れずに行ける距離であったり、駅、コンビニ、バス停など縦横無尽にあり外出に恵まれています。でも、一歩外に出れば、小川や水車もあり、田んぼやかかしのある前の住まいが、恋しくて、「何故引っ越してしまったんだろう。」と、前の住まいを大切にしなかった事を後悔し始めていました。

今の私の部屋には、前の方が貼っていたらしいシールが残されています。引っ越して来た時からそのシールが何なのか、気になっていたのですが、どうやって調べたらよいのか、わかりませんでした。中東やアラブのマークなのかな?と不思議に思いながら、強力についていたので、剥がすことも出来ずに、気になりつつも、「まあ、いいか」と、思って昨日まで過ごして来ました。

そして、なんとこのブログを書いている最中に、そのシールのマークの意味がわかったのです。

最初、そのマークを見た時は、ドキっとしました。「何故、このマークがここにあるのか?」

私がこのブログを書くのは、自分の経験が人の役にたてたらという気持ちからですが、もう一つの意味がありました。

私は、このブログを書いていると今迄何でも自分の力でやってきたと思っていた事が、すべて周りの人にささえられてきたことに気がつき始めたのです。私を愛してくれる沢山の人のお陰で、好きな事をする事が出来たのだと頭をハンマーで殴られる位の衝撃を受けました。

そんな理由もあり、私は自分を内観するためにも、このブログを書いています。

その途中で私が気になっていたシールの意味がわかりました。

なんと、それは

イエス・キリストの象徴だったのです。

そして、そのマークを辿っていったら
21歳で病気で他界した長女が、通っていたミッションスクールにその象徴が沢山あるという校長先生のブログが、目に入りました。

「今の私に授かった場所は、ここだ。」と、
まるで、住まいの方から私を待っていたかのようなシンクロニシティに、ただただ感謝の気持ちが湧いてきました。

長女からの知らせがほしい、何か長女からのメッセージは、来ないかと、毎日気になっていました。

沢山の幸せと沢山の失敗を経験してきた私は
「自分が正しい」という傲慢な気持ちから大切な人を否定したり、ジャッジするようになってしまった自分の姿に気がついて、ようやくイエスの教えに帰って来たのです。

 

道をそれてしまった私を待っていたのは、イエス・キリストのマークだったのだと、何処まで行っても変わらない神の恩寵をかみしめるばかりです。