不登校の小学校時代

小学校時代の私は、学校がそもそも嫌いで苦手でした。身体も病気になりやすく、しょっちゅう休んでいました。

私の生まれ育った場所は、田舎で封建的な地域でした。良く言えば伝統を大切にする社会とも言えるかもしれません。しかし、大人の社会の人間関係が、子供の人間関係にも影響してしまっていたと思います。

貧しいお家の子供や、知的に障害を負っている家庭の子供が、子供同士の世界でも、仲間外れにされたりいじめられてしまうような残酷な子供社会があったと思います。

子供の世界のヒエラルキーがあり、勉強とスポーツが出来る一人の女の子がいて、周りの子供達は、その女の子に従う組織が出来ていたのです。

私は、その女の子の家来になることは、勿論あり得なく、女子が固まってコソコソ陰湿な噂話をする中にも入らずに、いじめられやすい隅っこにいる女の子のグループの一人でした。しかし、その女の子の家来役をしていた子達も、本当はそんなポジションは、嫌だったのだが、いじめられないために、仕方なくそうしていたのです。

小学生時代のクラスの人気者は、スポーツの出来る子供です。私は、おばあちゃん子で家の中で本を読んだり、絵を描いて静かに過ごす事が大好きな子供だったので、ワーワーキャーキャー騒がしい子供達の集団生活には、馴染めないものがありました。

私の母親は、私が、学校を休みたい時は、休みたいだけ休ませてくれていました。そんな子供の残酷な世界を知っていて、休ませてくれていたのだと後から、知りました。今は亡き母親が、私に深い愛を注いでいてくれたことに感謝しています。

 

暗黒の小学生時代を過ごした私は、両親の考えから、その友達とは違う中学校に、進学する事になったのです。私の祖父は戦争で、亡くなっていたので、「戦争に向かうような教育は、子供に請けさせたくない」という母親の想いもあったのです。

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