私が中学校で、急に生き生きと変わっていったのは、友達の影響が大きかったと先日、書きました。
一人一人が、自分の意見や考えを持ち、同調圧力がない集団だったのです。
クラスの中にボスがいて、そのボスの言いなりにならなければ、次は、言いなりに動かない自分が仲間外れになり、はじかれてしまう、そんな田舎の村八分のような残酷な世界が、子供の世界にもありました。
私の新しい環境に、そのような陰湿なイジメがなく、一人一人が伸びやかに振る舞えていたのには、訳がありました。
その環境は、朝の礼拝で一日が始まると言う静謐な不思議な時間から、学校生活が始まるのです。
礼拝は、クラス礼拝の日、中高一貫校だったので中高合同礼拝、クリスマス礼拝など、節目節目に毎朝ありました。
夏休みにキャンプに行った時さえも、山荘から歩いて朝早く野外での礼拝が、ありました。
礼拝は、聖書を読み讃美歌を歌い、先生や友達のお話を聴き、最後にお祈りを共にします。
勉強が出来る出来ない、何かが得意不得意、性格が外交的内向的というくくりの中におさまらず、どんな子供でも生き生きと振る舞えたのは、クラスの生徒一人一人に礼拝当番があり、そこで、自分のは感じた事、悩み、今考えている事などを、ほんの10分間位だけれども、お話が出来る時間があったからだと思います。
礼拝当番は、二人一組で自由に聖書の箇所、讃美歌を、子供達が選びます。話す内容も、お祈りも、いっさいの制約はなく思い思いの事を、語る事が出来るのです。一日の始まりのわずかな時間でしたが、礼拝当番になった日には、クラスの友達の前に出でその日の礼拝をするのです。
私にとっては、その礼拝の時間が人生で、非常に尊い自分の内面に向い合う恩寵の時間であったと思います。
私は、学校を卒業して社会の荒波に揉まれて沢山の失敗を経て、今再び、中学生時代の聖書の教えと祈りの生活に戻りつつあります。
聖書の教えは、現代の資本主義には合わなくてその通りにしていて、生き残れる事は出来るのだろうかと、疑問を持ってしまうような時もありました。しかし、精神病院の依存症患者の家族教室の部屋には、依存症から抜け出す12のステップが、紙に書いてありそこには、イエスの教えがかかれているのです。小手先だけで生きてゆくのではなく、自分と隣人を愛と光の存在であると見る依存症からの脱却のプログラムを読むと、希望が湧きます。
ちなみに、依存症とは、アルコールやギャンブルのみを言うのではなく、例えば、知らず知らずに触れているスマホ依存症というものもあります。









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