奇跡のコースを学び気づきを分かち合いたいと思います。

今回は奇跡のコースを学ぶ機会を授かりましたので、その気づきを分かち合いたいと思います。

私のサイトは宗教の勧誘ではございません。

あくまでも私の気づきの

分かち合いですので

 

何か完成形に

なっている訳ではなく、

お読み下さる方々と

気づきの途中経過を

分かち合ってゆきたい という想いから     

書いておるものです。

 

奇跡のコースは、

コースインミラクルズ

(A Course in Miracles)とも呼ばれています。奇跡のコースは、アメリカ人心理学者ヘレン・シャックマンが、イエスキリストと思われる内なる声を聞いて書いたとされる書物です。

 

 

私がこの奇跡のコースを学びたいと思ったのは私が神の導きに心の耳を澄ませたいと思ったからです。

書籍を取り寄せて最初に書かれている内容は、とっつきにくく難解なものでした。

 

しかし、私はこの奇跡のコースにたどり着く迄

に沢山の挫折を経験しております。そして、納得のゆかない出来事に対して諦めたり、投げ遣りになるのは簡単だ、何とかしたいと思い今、

この奇跡のコースを学ぶ機会を

授かっております。

 

ですので私は上から目線で何か

を言いたいのではなく今の私の

感じ方と私のこれからの事を分

かち合う事が神様の道具として

役に立てたらという気持ちで

す。

 

いきなり神様の道具という言葉が登場して

驚かれる方もいらっしゃるのではないのでしょうか?

 

私の好きな映画に「アッシジの聖フランチェスコ」と言う映画があります。

その中で聖フランチェスコが祈った祈りに

神様の平和の道具と言う言葉があります。

これは21歳で他界した娘が中学一年生の時に私にくれたカードです。

 

娘はミッションスクールの

学校の売店で買って来て私に渡

してくれました。

 

 

私はアッシジの聖フランチェスコの映画を見るたびごとに、そして、このカードを見るたびごとに、本当に平和の道具としてこの命をつかう事が出来たらどんなに幸せだろうと思いました。

それと同時に、「そんな夢物語のような事が現実世界で許されるわけがない、だって生活してゆかなくてはならないんだもの」そんな葛藤が湧いていました。

 

大学生の時も「イエス様の言葉を一生かけて伝えてゆきたい」そんな誰にも言わない想いが胸の奥にありました。

 

学校を卒業して、親になり、社会に適合してなんとか生きてゆかなくてはと思う私には、このアッシジの聖フランチェスコの祈りは、心の底から求めるものでしたが、現実と折り合いをつけてゆくことは難しいだろうと思って過ごして来ました。

 

特に宣教師になりたいわけでもなく、日々の生活の中でそんな想いを抱く事は誰も私に禁止していないのですが、霞を食べて生きてゆけるわけでもないしと、自分を縛っていたのです。

 

 

実際に社会的にはどんな状況であっても、

心の中でこのアッシジの聖フランチェスコの祈りをとなえて、小さな存在として平和の道具とさせていただくことは可能だったのだと娘が私に残してくれたカードを見て今思います。

 

大それた何かが私に出来る訳ではなく

もちろん聖人君子でもなく、

欠点の多い私なので、こうやってブログに

自分の気持ちを書く事でさえも勇気がいります。

娘は絵とイラストが大好きな行動力のある子供でした。

私は娘と一緒に絵の仕事をする事が夢でしたが

その夢を諦めなくてもいいんじゃないかと

奇跡のコースに出会って思う様になりました。

 

 

魂となっている娘と

二人三脚で、

神様の平和の道具として

生きてゆく事は、

諦めなくてもいいんじゃない

か、と、希望を持っています。

 

今日、私が奇跡のコースから学んだ事は、

一つは

子供は神である

 

もう一つは、

私が

周りを見てその自分の

怖れが

現実の苦しみ悲しみ

喜び等、この出来事を

作ったのだと

言う事です。

 

私は今迄、子供を自分の力で何とか幸せにしたい、出来るものだと思い込んでいました。

 

また、自分に起こる悲しい出来事には、悪者、意地悪な人がいて私が、被害者になる、そんな意識でいました。

しかし、悪者、意地悪な人などいない

それは、私の怖れからの幻想である

自分も隣人も

愛と光の存在なのだと

知ったのです。

 

だからと言って、私が何か立派な事が出来る訳ではありません。

日々の眼の前の雑事に心を疲れさせ、いつのまにか自分が思い描いていた方向とは別の方向に向かっていた自分自身を再び愛と光にもどされた

経験を記しました。

どなたかとの分かち合いになれば幸いです。