依存症から愛と光の人生に。

依存症から愛と光への道

自分の家族は、他の家庭とは違う気がするが、誰にも話せない、

何処に相談すれば良いかわからない、

親がアルコール依存症だったが、自分もいつの間にか、飲食の問題を、かかえていた

そんな違和感を、持つことはあるでしょうか。

例えば、

一見エリートと見える家族の悲しみ

私が、これを今日執筆する理由は誰にも相談出来ない苦しみをかかえていらっしゃる方々への公的な相談の場所があることの何らかのシェアになれればと祈りの心で今日は、書いています。

依存症のわかりやすいケースは

アルコール依存症

ギャンブル依存症

恋愛依存症

家庭内暴力

などがあると思います。

 

しかし、

わかりにくい形として、糖尿病で透析治療をしている内科の病院に繋がっているがお酒を辞めない、オンラインゲームのスロットやカジノ、仕事に追われるワーカーホリック等も、実は、依存症なのです。

例えば、恋愛で悩んでいる方のお相手様との馴れ初めに、パチンコ屋さんと言う方もいらっしゃいます。そして、交友関係も、パー、キャバレー等のお酒の場が、ご本人が思っていらっしゃる親友との交流の場と思っていらっしゃる場合が、あります。そして、その交友関係が、暴力等のトラブルになってしまってお悩みの渦中の方が、いらっしゃいます。

私は、パチンコ、オンラインカジノ、お酒の場にいらっしゃる方を、「私がなんでも知っている、私は違います。」と裁いているのではございません。あくまでも、例え話です。
依存症は、非常にわかりにくいので、例え話をしております。

しかも、わかりにくいのは、お酒を飲む人とお酒をやめさせようとしている人の共依存が、実はあると言う事です。

そして、依存症の本人も苦しみ、家族、子供も、その病の根底が、わからずに地獄の苦しみを味わう事になります。

 

 

依存症は、喪失の病、否認の病と言われます。依存症になっている本人は、ご自身を、病気と認める事が、難しいのです。

そして、その依存により、職を失い、家族を失い、命を失う事になりかねない喪失の病です。

しかし、私は、ここで伝えたい事は、依存症のご本人を、裁いているのではないのです。
その病の奥には、本来のその方の愛と光の姿があります。

 

世間体を優先して、その根底の問題にとりかかる事が疎かになってしまうと、その家族、子供達に同じ様な問題が、繰り返し現れてしまう事があります。

 

もしも、この記事をご覧になられて、
思い当たる事がございましたら、あなたとあなたの大切な人、夫、妻、子供達の人生が、本来の愛と光の姿に歩める道標の一つとなりました幸いです。

 

依存症を取り扱う精神科、心療内科に、依存からの離脱のプログラムについて、ご相談されると専門家のアドバイスを受ける事が可能です。

県立の病院、保険がきく病院の治療ですので、経済的な費用の心配は、入りません。

また、相談には、守秘義務がありますので、誰にも内容は、知られません。 

そして、病院に、依存症のご本人が繋がれない時にも、苦悩されるご家族様が、専門家のご相談を受ける事が出来ます。

 

また、同じ様な悩みに苦しんでいるのは、自分一人ではないこと、共に愛と平和にむかえる方々をそのプログラムから知る事が出来ます。

自分が、苦しんでいる時に、隣人と共に愛の手を結び、本来の愛と光の姿に、立ち戻る希望の道を歩む決意をするのは、自分自身です。

意識を向けるのは、依存症の相手、病ではなく、私達が授かった愛と光の恩寵です。