祈りについてどう思いますか?

今回は、祈りについてお話したいと思います。

 
これから
 
良い人生を授かりたい
 
と思っていらっしゃるお方に
 
お役に立てたらと思ってます。
 
 
私は宗教家なわけではないので、
 
これが正しい、
 
 
というお話ではないのですが
 
私の人生にとって岐路には
 
 
祈ってくださる方が
 
現れていた
 
 
のだと思います。
 
 
 
 
1
 
奇跡のコースの学びから
 
 
2
 
学生時代の礼拝
 
 
 
3
 
結婚する時に。
 
 
 
4
 
家庭の事情で暗礁に乗り上げた時に
 
 
 
5
 
まとめ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1
 
 
 
奇跡のコースの学びから。
 
 
 
私はこのサイトで
 
奇跡のコースの学びのお話を
 
いつもしておりますが、
 
 
奇跡のコースでは、
 
誰に向かって祈るのかと言えば、
 
自分自身に
 
 
こんにちは!と、
 
 
言うのが祈りですよ、と、
 
 
学んでます。
 
 
神様に祈るとか、
 
奇跡のコースを語っている
 
 
イエス様に祈るとか、
 
 
全く強制はないのが、
 
私自身驚きでした。
 
 
 
自分自身に、
 
こんにちは!と話しかけるの
 
 
が祈りであると。
 
 
もちろん、
 
各自が信心していらっしゃる
 
氏神様や八百万の神様に
 
お祈りされたり
 
セントジャーメインや
 
マグダラのマリアなどに、
 
 
お祈りされる事を禁止される
 
 
事もありません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2
 
学生時代の礼拝で。
 
 
私の学生時代は、
 
プロテスタントの学校で
 
毎朝礼拝があったので、
 
お祈りは習慣でした。
 
 
静寂な空間で、
 
黙祷をささげる時間を
 
人生の若い時期に授かったこと
 
は心から感謝する事でした。
 
 
けれども、
 
 
学校を卒業してキリスト教とは、無関係の場所で
 
「ただ祈っていればいいのか?」と、
 
先輩に詰め寄られて返事に
 
困ってしまった事があります。
 
 
その先輩は、
 
祈るだけではなく、
 
実際に行動する行動力が大事なのではないかと、
 
良かれと思って、
 
率直に云いたかっただけ
 
なのだと思います。
 
 
私は、
 
自分からお祈りが大切なんです、みたいに、
 
押し付けた事は一度もなかったので、
 
突然、
 
そんなこと言われても、、、
 
なんで、
 
 
私がそんなにこの先輩に
 
ムキになられて詰め寄られ
 
なくてはならないんだろうと、
 
 
頭が真っ白になり
 
 
ポッカーンとするばかり
 
 
 
でした。
 
 
 
 
ですので、このサイトでも、
 
 
私は
 
 
 
祈りについて強要している
 
 
 
のではないのです。
 
 
 
 
むしろ、
 
 
お友達同士でもお祈りの事
 
 
なんて話した事がなくて、
 
 
 
ましてやインターネット上で、
 
 
 
人様に自分の考えを押し付ける
 
 
 
気持ちはありません。
 
 
 
 
ただ、本当に困った時
 
 
祈りに
 
 
導かれていたという私の経験
 
そして、
 
 
祈りは堅苦しいものでは
 
 
ないという
 
事を、
 
 
 
お話したいだけなのです。
 
 
 
 
3
 
結婚する時に。
 
 
私が結婚する時にも、
 
 
私の中で乗り越える
 
問題があり、
 
あるお寺の真言密教の方が
 
 
お祈りをして下さいました。
 
 
かかえていた大きな問題を、
 
 
解決する為に、
 
 
私がその方から言われた事は
 
 
 
「自分が相手を理解する側になりなさい」
 
 
という事でした。
 
 
 
しかし、
 
 
冷たく突き放すのではなく
 
私の家族の幸せのために
 
一生懸命に
 
 
祈って下さったのです。
 
 
 
ですが、結婚してから私は、
 
 
 
日々の忙しさに紛れて、
 
 
祈りの生活からは、
 
 
遠のいてしまっていました。
 
 
 
4
 
家庭の事情で再び、
 
暗礁に乗り上げた時に。
 
 
家庭の事情で暗礁に乗り上げて
 
 
困っている私に再び、
 
 
祈りで導いて下さる方が
 
 
あらわれました。
 
 
それは、
 
 
ミッションスクールの時の
 
 
お友達の紹介で、
 
 
やはり結婚した時と同
 
 
真言密教のお寺の方でした。
 
 
再び、
 
 
祈りで導かれたのですが、
 
 
私には
 
お寺に通うという事と
 
 
宗教での祈りが理解出来なく
 
 
て祈りの生活からは
 
 
 
離れてしまったのです。
 
 
 
毎月何日にはお寺に通わなければならない
 
毎週日曜後には教会に通わなければならない
 
 
そういう縛りが生じると、
 
 
それまでは
 
 
生き生きとしていた私の心が、
 
 
 
ドロップアウトして
 
 
しまうのです。
 
 
 
 
自分から通うのは良いのだが、
 
 
決まった曜日があったり、
 
 
誘われたり、
 
 
迎えに来られたり、
 
 
電話がかかって来たりすると
 
 
「行きたくない」と、
 
拒否反応を示してしまう
 
 
私がいるのです。
 
 
ですので、
 
今回奇跡のコースの中では
 
 
祈りとは
 
自分にこんにちは!
 
 
を言うことなのだと
 
教えていただいて安心して
 
このサイトでお話が
 
 
出来るのです。
 
 
 
 
 
5
 
まとめ
 
 
祈りは、特別な儀式ではなく
 
 
一日数秒でも
 
 
出来るものです。
 
 
お洗濯をしてる時でも、
 
お料理を作っている時でも
 
祈る事は可能です。
 
 
そして、祈る事と
 
 
拝む事は全く別です。
 
 
 
松下幸之助さんも
 
稲盛和夫さんも
 
大きな企業のトップは、
 
 
「最後は祈りだ」と、
 
 
 
皆で祈るのだと
 
 
お聴き致しました。
 
 
 
このサイトで
 
 
私が伝えたかった事は
 
 
祈りは形式に拘るものではない
 
宗教に縛られなくても
 
祈る事は出来る
 
 
お寺や神社や宗教に
 
関連される場所でなくても
 
自宅で、
 
何もお作法にはとらわれなくて
 
 
祈りは出来るという事
 
 
もちろん、
 
ご自分の信心されて
 
いらっしゃるものがあったら、
 
 
そのスタイルで良いのだと私が
 
 
何か強要したいのではない
 
 
 
という事です。
 
 
 
そして、私の経験からは、
 
 
常に私は祈りに
 
 
導かれていたこと
 
自分が幸せな時には
 
 
祈りから離れてしまった事
 
 
何も問題がない時には、
 
感謝の祈りをささげれば
 
良かったのだと、気がついた事
 
 
何もしてあげられない
 
母だけれども
 
 
もしも、
 
 
 
大切な我が子に伝えたい事が
 
 
 
ただ一つあるとしたら
 
 
社会的な名誉や
 
一時的な収入ではなく
 
 
心豊かな
 
徳をためられる人格として
 
祈りの人生を授かって
 
 
ほしいと思っています。