隣の芝生は青い、夫が病で仕事に行けない悩み

今回は、

夫が病で仕事に

行けない悩みを

かかえている主婦が

多い事について

 

 

隣の芝生は青い事について

書いてゆきたいと思います。

隣の芝生は青い、

又は、青く見えるは

自分とお隣の家を比較して

お隣さんのお庭は

問題もなく枯れた芝生はなく

青々と勢い良い様を

例えている言葉

だと思います。

一時、私は隣の芝生は青いとは

思えるゆとりさえも

ありませんでした。

 

 

比べる事さえも出来ない位に

夫が病で仕事に行けない事を

思い詰めてしまった事がありました。

奇跡のコースの学びの機会を授かれました今は

それは、

私の怖れから起こっていた事で

幻想だった

何一つ不安に思う必要はなく

授かっている家族の存在に感謝するだけで

変わっていった事だった

と思います。

 

過ぎた時間は取り戻せませんが、

私達は神聖で

完璧な永遠の存在

愛と光の

強い存在

何一つ

欠けたところのない

一人一人が

尊い存在なのです。

 

 

 

そう一言で書いてしまうと

大した悩みではなかったのね、と

思われるかもしれません。

 

事細かには書きませんが、全てを真に受けてしまっていた当時の私がいました。

今思うと、それが自作自演の

コントのようなもので

あったのではないかと

思います。

しかし、

コントと言ってもとても笑える

ような話ではなく

本当に深刻に思い詰めて

子供達には、

父親が仕事に行けなくて

入退院を繰り返している事を

隠して

毎日を過ごしていたのを

思い出します。

夫が療養している家の中にいる事が

息苦しくて

 

生まれたばかりの

まだ歩けない赤ちゃんと

寒空の下

公園に行き、

ブランコやジャングルジムで

つかまり立ちした我が子と遊び

気持ちをなんとか

切り替えていた事を

思い出します。

 

そんな思い詰めた時期を過ごして、

何年も経った時に、

私のとても仲の良いお友達が三人位ですが

同じ様な状況だった事を知りました。

「実は夫が仕事に行けなくなっている」

「周りに隠し通すのが、すごく大変だった」

「夫が朝、家を出て行ったとかと思うと

直ぐに帰宅して今日は仕事に行けないと、

トイレに駆け込む」

「自分は慌ててパートの仕事を探して

吊橋を渡っているような気持ちだ」

「自分は必死に働いていたが、仕事にゆかなくなった夫を、姑が庇っている」

丁度育ち盛りの小学生中学生の子供を

かかえたお母さんが、そんな本心をポロッと

こぼしてくれました。

私は、その友達のことを自作自演のコントだとは思いません。

大きな見えないストレスを必死に乗り越えようと

耐えていたのだろう

苦しかっただろうと

今でも思います。

 

 

当時渦中にいた友達も私自身も、

子供の父親が仕事に

行けなくていることを

人に言えずに隠すだけで

精一杯だったのだと

思います。

それって、友達なんじゃないかと思う方もいらっしゃっるかもしれません。

しかし、

働き盛りの家族が仕事に行けない

まだ幼い子供がいる

だけではなくて

「死にたい死にたい」とまで言

い始めていると

流石に、

友達同士で愚痴をこぼしたり

相談出来る次元ではない

と思います。

 

私の身近な

上手く行っているように

見える家庭でさえも

そんな事をかかえて

いらっしゃったので、

外側からはわからない悩みが

どの家にもあるのだと、

後から私は

知りました。

 

 

 

 

まとめ

 

今回は、夫や家族が病気で

人に隠しておきたい

 

ご近所やママ友の

噂になりたくない

 

そんな状況をかかえて

孤軍奮闘している方が

いらしたら、それは、

あなただけではなく意外と多い

 

それを、

お話したいと思いました。

 

 

そして、そんな時の解決策は

今日はここでは

書きません。

何故ならば、

正しい答えはないからです。

 

しかし、

一つだけ私の経験、

失敗から

言える事は、

その現実を創っているの

は私自身だったと

言うことです。

 

 

そしてそれは、失敗でしたが、

訂正すればよいことである

自分を責める事ではないと

言う事も同時に学びました。

それがわかるまでには、私はとても苦い経験を

繰り返していました。

 

自作自演、コントというのは、決して友達の家庭を指して申しているのではありません。

同じ様に苦しんでいる友達がとても身近にいたのだ

もっと早く、それを打ち明ける事が出来たらと、時代が何かを物語っているような気がしました。

 

正しい答えがないのに、偉そうにそんな経験や失敗を何故言うのかと言えば、私が

何かに気が付くことで

その現実は、

変えてゆく事が出来るのだと

知ったからです。

 

当時の私自身は、実家の親も兄弟も次々に他界してしまい、物事を俯瞰して観ることも出来ずにおりました。

 

しかし、

たとえ病気であっても

仕事に行けなくても

家族で雨風を凌いで

過ごせていたら

先ず、

授かっている命に感謝して

一日一日を生きていれば

それ以上思い煩う必要は

なかったと思います。

 

人それぞれ人生に与えられている課題は違うと思いますが

私の場合に

気が付く何かとは

 

今、

生命を授かっている事

生かされている

事への感謝

私が何に気がつけばよいですかと

祈る事

そのことだったのだと

お伝えしたいと思います。

 

  肉体を脱いだとしても

私達の生命の旅路は

続いています。

躓いても

失敗してもいい

  倒れる時があってもいい

今生かされている事に

感謝して

一日一日を過ごしてゆく

 

  いたずらに

  思い煩わない

 

謙虚な心が私には

 必要だったのです。

 

それに、

今は靈氣も

習得しているので

身体的病も

心の病も

家庭での

あったかポカポカ

セルフヒーリングで

対応出来る自信も

湧きました。

 

直傳靈氣では、

 

性癖治療と言って

自分の嫌な所や

治したい癖も

本人が心から治したい

変わりたいと決めれば

治せるんです。

 

 

 

そして

なんと

西洋レイキは、

過去現在未来の癒やしや

人間関係の調和安定にも

使えるんですよ。

 

上司との

人間関係のお悩みで

仕事に行けない

サラリーマンのお悩みも

今となっては

100戦練磨の私には

ドンとコイです。

 

 

 

奇跡のコースの学びのチャンス

心理学のカウンセラーとしての学びと

仕事のチャンス

直傳靈氣と

西洋レイキの練習会のチャンス

大きな挫折の中で、

嫌な想いをして

自分の本音に気がつけて

必要な出会い

損得勘定で動く必要のない

神様の平和の道具となれる

必要な仕事を

授けていただける

ことに感謝です。

 

今日はこれから

奇跡のコースの瞑想の日です。

また、

学ばせていただいた事を

シェアさせていただきますね。

 

楽しみ、、、